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武田家について

1 :名無しでいいとも!:2007/01/03(水) 23:33:14.96 ID:LmOvAXTC
滅びた原因は信玄にあり

2 :名無しでいいとも!:2007/01/03(水) 23:33:40.38 ID:pOrLAIs8
鉄矢

3 :名無しでいいとも!:2007/01/03(水) 23:35:50.76 ID:54E7Kz4h
木曽義昌だと思ってた

4 :名無しでいいとも!:2007/01/03(水) 23:37:28.18 ID:LmOvAXTC
二代目はかわいそうだよな
カリスマ的な一代目の家を守るのさえ難しいのにそれが当たり前
滅ぼしたら暗愚決定

5 :名無しでいいとも!:2007/01/03(水) 23:38:52.48 ID:uRj1WWz1
信玄が金を使いすぎた
金山があるうちはそれでもまわっていたが勝頼の代に彫り尽くしても
支出を減らせず結果バブル崩壊

6 :名無しでいいとも!:2007/01/03(水) 23:40:08.75 ID:uRj1WWz1
>4
むしろ10年も良く持たせられたと思うぞ
連合国家の色が濃い国を

7 :名無しでいいとも!:2007/01/03(水) 23:41:33.79 ID:LmOvAXTC
>>3
細かく言えばそうだが、義昌が謀反しなくても
滅びるのは時間の問題

8 :名無しでいいとも!:2007/01/03(水) 23:43:32.94 ID:LmOvAXTC
>>5
さっさと商業に移行しないで、農業に蓄えに依存しすぎたね

9 :名無しでいいとも!:2007/01/03(水) 23:50:59.83 ID:LmOvAXTC
品川は一体なんの話するのだろ?

10 :名無しでいいとも!:2007/01/03(水) 23:55:28.34 ID:Sp4XwbJk
一代目は武田信綱、二代目は武田信虎だボケ

11 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:00:21.24 ID:/axhKX55
俺の先祖穴山氏wwwwwww

フヒヒヒ すみません

12 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:03:05.03 ID:LmOvAXTC
>>10
そのとおりだが、気にするなよ
領土を広げ、覇をとなえようとしたのは信玄だから。

13 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:09:58.61 ID:RgsqsW33
>>12
一代目信綱
二代目信虎
三代目信玄
四代目勝頼
です

14 :家裡蹲大學 ◇oG7XFT4gl6:2007/01/04(木) 00:10:55.05 ID:Lzo6YjgK
      



          竹中半兵衛だろーがよ




15 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:11:02.22 ID:t317hhkX
信玄が愛した男といえば、勘助か?昌景じゃ地味だしな

16 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:13:31.41 ID:4omTv2zS
>>15
高坂弾正じゃない?

17 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:15:01.96 ID:1jNlxZrz
たしかホモだよな

18 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:15:05.60 ID:RgsqsW33
四天王の高坂昌信じゃね?彼は信玄の寵童から一城の主になった

19 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:15:05.55 ID:zpNLwg8s
>>15
上杉謙信に決まってるだろ

20 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:15:11.07 ID:JFoqFz5L
高坂弾正

浮気したのがバレて謝った書状が残ってる

21 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:15:40.78 ID:JFoqFz5L
>>19
上杉謙信は女だったんだよ!!

なんだってー!

22 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:17:25.10 ID:t317hhkX
なんだか全部しってるな〜

23 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:18:40.66 ID:4omTv2zS
ビビリは知らなかった。インスタント味噌汁も知らなかった

24 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:18:47.52 ID:t317hhkX
ビビりというか慎重なんだよな

25 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:18:54.01 ID:4omTv2zS
来た

26 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:19:07.34 ID:3VXGplWx
ウホッ!!!!!!!!!!!!!!

27 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:19:45.62 ID:t317hhkX
>>20
さすが

28 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:20:16.34 ID:Ie9U1oHp
新羅三郎義光以来敵に背を向けたことないとか言ってたな

29 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:20:33.07 ID:t317hhkX
甲陽軍艦って嘘ばっかなんだよな

30 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:21:27.25 ID:YHLnCedi
幸村を失ったから

31 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:21:27.76 ID:4omTv2zS
武田義信が武田家を継いでいたら?
↓↓↓↓

32 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:23:48.00 ID:A7g+h5xs
>>31
確実に今川の家臣団にくみこまれました


33 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:24:43.80 ID:RgsqsW33
逃げ弾正は悪口じゃない褒め言葉だ

34 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:25:03.03 ID:BwkX3srM
>>981
信長の野望オンラインお勧め

35 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:25:05.77 ID:9o3Xhfqq
上杉もアッー!なのか?

36 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:25:15.98 ID:GYCBBsgP
騎馬隊は無かった
馬に乗っていたのは千の内七、八
と、甲陽軍鑑に書いている

37 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:25:28.03 ID:wwSPTK6y
ようは村上引明は偉いってことでおk?

38 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:25:36.27 ID:MovEVdb5
戦国無双^^^^^^

勝頼が弱いから俺の幸村が必死こくハメになる

39 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:25:37.08 ID:bY8yVu0n
鶴翼の陣

40 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:25:38.77 ID:K2HcFi8n
>>35
アッー!って説もある。
女だったって説もある。

41 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:25:39.19 ID:t317hhkX
村上義清つぇぇぇ

42 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:25:59.47 ID:DwBgIsYG
三方が原は普通に勝てる戦だろ。

43 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:26:55.95 ID:z2FtWpoc
そりゃ、織田の援軍なんて3000だし徳川はこんとき2国をやっと支配してるだけの
中大名だからな

44 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:26:57.83 ID:fh3xMDBX
家臣が凄いね

45 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:26:58.23 ID:eh/iELIE
>>42
なんで??

46 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:27:05.93 ID:D7d+AIhz
マジな話武田の家臣団って、
信玄の家来であると同時にスポンサーみたいなものでもあるから、
「俺様の命令に何が何でも従え」みたいな強権は発動出来なかったんでしょ?

違ってたっけ?

なんか武田家家臣団ってかなりややこしいんだよね?

47 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:27:10.23 ID:HG5hVxVw
>>30
実際は幸村は仕えてないに等しい
信玄に仕えてたのは幸村の父ちゃんの昌幸
だっけ?

48 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:27:29.30 ID:A7g+h5xs
あーっいしたあ
おとこたっちいふお

49 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:27:43.58 ID:D7d+AIhz
>>46
>「俺様の命令に何が何でも従え」みたいな強権は発動出来なかったんでしょ?
これは信玄のことね
言葉足らずでスマソ

50 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:27:53.79 ID:4omTv2zS
御館の乱!!!勝頼は北条と結び景虎を支援!!上杉景勝!春日山城で自害!さて・・・その後の勝頼の運命は???

51 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:28:02.68 ID:eh/iELIE
>>47
もっと言えば、幸隆。昌幸は勝頼のイメージが強い

52 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:28:12.76 ID:/YYfsTCa
>>40
ソースはこれか?
http://www.alicesoft.com/rance7/img/vcg01.jpg


53 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:28:16.20 ID:D7d+AIhz
>>47
昌幸のオヤジの信幸(?)じゃなかったっけ?

54 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:28:22.19 ID:PPMoAHBE
>>45
数でも武田が圧倒してたんじゃないか。
篭城されると面倒なので徳川を三方が原におびき出した。

55 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:28:31.57 ID:D7d+AIhz
>>51
あ、そうだ幸隆だ

56 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:29:12.71 ID:F1bSjICC
>>46
信長みたく自分に権力が集中してなかったからな。
豪族の代表者って感じ。

57 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:29:22.20 ID:PPMoAHBE
>>53
昌幸の親父の真田幸隆の代から

58 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:29:40.46 ID:JhN8IrMR
ごめん俺の御先祖武田信玄(T_T)..........

59 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:29:52.27 ID:z2FtWpoc
>>46
それなら、上杉の方がもっと深刻。結構反乱も起こされてるし。

60 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:30:07.01 ID:eh/iELIE
>>54
そっか。家康は迷ってたしね。出撃するかしないか。
そして結局糞たれて帰ってきたんだよな。

でもそのおびき出した場所ってのは、いまだよくわかってないんだよな

61 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:30:08.66 ID:Ie9U1oHp
安芸武田家も語ってくれ

62 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:30:43.25 ID:F1bSjICC
>>53
信幸は幸村の兄貴だ

63 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:30:51.97 ID:RgsqsW33
>>46
武田信玄は家臣を信頼しきっていて領地の大半を家臣にあげて
自分の領地はごく僅かだった

64 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:31:09.78 ID:joIScqBh
高坂はいかにも腐女子が好きそうなキャラだな
黒尽くめの鎧にマスク姿だけど小姓出身の美形武将…
まさに信玄に掘られる要素満載だな

65 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:31:27.49 ID:D7d+AIhz
>>56
信虎が中央集権体制みたいなのを築こうとしたら、
これに国人衆が反発して、信玄が代わって当主の座に…って感じだよね。

これはいい加減なんだけど、
合戦があっても、実際どれくらいの塀が集まるかもわからないような状況だったとかいうけど、
もしそうだとするとかなり悲惨だよね

そういう点、織田とか徳川ってのは家臣団の結束という意味では恵まれているよね

66 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:32:01.87 ID:eh/iELIE
>>46
それが原因で滅びたんだよな。
独裁制を信玄の代から始めてれば、武田家は存続した。
勝頼になってから無理に始めたから、家臣の心ははなれていったんだよな

67 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:32:09.36 ID:HG5hVxVw
>>51
さんくす
勉強になります

68 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:32:09.58 ID:u9jUgf2/
       ,ィ                      __
      ,. / |´ ̄`ヽー- 、 ト、        , -‐、/./.- 、 書き込みのはやきこと風の如く
    / | |    ヽ   l l        ( 火◇風 ノ
  /o ̄`ハ._.ゝ===┴=く.ノ- 、      ノ ◇ ◇ (  他人と会話せざること林の如く
  /o O / l´ ノ      ヽ lo ',ヽ      ( 山◇ 林 }
  \___/. ト、  ●    ● ハ  ∧      `⌒/7へ‐´  ネットで煽ること火の如く
 / ,イ   レ_   ( _●_) ミl~T--‐彡    /./
/ ̄ ̄l.  彡、   |∪|  ノ'l  l::::::::::彡ー7⌒つ、    部屋から動かざる事山の如し
彡:::::::::::l  ト、___ヽノ /|  l::::::::::::ミ  {,_.イニノ
彡ソ/ノハ   ト、 \  / ,イ  川ハ ヾー‐'^┴

69 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:32:51.08 ID:RW+mXmjH
武田は豪族の集合体だからこれをどうにかしないと天下は取れなかったよな?
毛利もそう。


70 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:32:54.82 ID:D7d+AIhz
>>59
謙信って今こそ伝説化している部分もあるけど、
実際は何度もクーデター起こされたりして、
結構家臣団の統率に苦労している人だよね

戦ばっかりするから領民からも嫌われていただろうし

71 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:33:21.67 ID:D7d+AIhz
>>63
なんかそれ秀吉みたいだなあ

72 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:33:24.56 ID:z2FtWpoc
>>65
織田も親父のころは、そんなに結束してないし、弟とほとんどお家騒動になりかけてた。
信長の強権で一気に・・・ってところだけど、それが裏目に出た例もいくつか。まぁ最大のは言うまでもないが。
家康は結構特殊な過程で当主についたけど、部下同士の反目は結構あったわけでね。

73 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:34:01.29 ID:eh/iELIE
>>71
でも、決定的な違いは秀吉のように商業的じゃなかったところかな

74 :勝頼:2007/01/04(木) 00:34:40.20 ID:4omTv2zS
で?結局俺が悪いの?

75 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:35:09.37 ID:D7d+AIhz
>>66
今こそ「武田軍団」と伝説化してるけども、
実際は信玄はかなり家臣団に気を使って、
組織を運営してたわけだよね

それを信玄亡き後の勝頼がまとめろって言うのも酷な話だわな

76 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:35:22.22 ID:9eOBVYgU
とりあえず、

一、川中島では勝ってる
二、三方ヶ原は勝って当然

これだけはガチ

77 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:35:32.13 ID:oAbI4Yaz
>>74
ご苦労様です

78 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:36:46.03 ID:eh/iELIE
>>75
勝頼もかわいそうだよな〜。


79 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:37:28.68 ID:D7d+AIhz
>>72
そうだなあ。確かに
徳川の場合も本多一派と大久保一派の対立とか色々あるしねえ

ただ武田との違いは、
徳川の場合、「徳川家絶対」として、
家臣団の分裂が結果的にではあるけれど、
御家分裂に至らなかったところがあの250年体制を築けるにいたった大きな要因なんだろうね

80 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:38:02.44 ID:eh/iELIE
>>76
でも、謙信は信玄の戦法を読んだ。

戦には勝ったが、勝負には負けたって感じじゃないか?


81 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:38:09.04 ID:/6wSde9R
つうかそもそも勝頼は世継ぎじゃないじゃん。ただの繋ぎ。
諏訪の血が入ってるし。
でも実は老臣には勝頼派が多かったんだぜ?
一族をまとめられなかっただけで。

82 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:38:28.16 ID:RW+mXmjH
>>76
野戦の天才と言われた家康に信玄が野戦で勝ってるからな。
三方ヶ原に関しては認めざる得ないと思う。


83 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:38:42.17 ID:F1bSjICC
勝頼は優秀な部類だったんだけどな。
あの甲陽軍艦のせいですっかり・・・

84 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:39:30.00 ID:8h8YLLyj
>>74    . -‐''"´  ̄ ̄ `ヽ)_
 .   /           ヽ
   ノ      rヘ       ヽ
   l      ノ  ヽ      l
   .ゝ 、r‐'"´    )ノ ノ   l  カツ氏ね
   ミ、  }>u   -u<`ーイヘ L
    ゝ、}         f | 了
      {    、      r‐' ノ
.       \  ー_--   .イ-‐''′
     『 ̄ト、,___,,. イ「 ̄ 7
   -‐=>:「''ー--‐‐'''||_.  ム=ー-


85 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:39:52.96 ID:D7d+AIhz
>>73
商業しようにも信玄の場合山の中にいてあまりそれも出来ないしね
何よりも国人衆達が、
「商売なんかどうでもいい。おらが畑が無事ならそれでええんじゃ」
って考えの連中で、
「信玄に付いてりゃおらが畑も守れるべ」
と、
「己の保身」が基本の連中が多かったような気も…

主君への忠節とかって江戸時代以後に考えられた思想だしね…

86 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:40:00.28 ID:eh/iELIE
勝頼はむしろ信長的だよな。
独裁や城下町を作ろうとした。

くらべ家康は信玄的だ。


87 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:40:13.40 ID:2XDOtLTA
勝頼は外交政策こそ失敗したけれど 合戦に於いては多く信玄に付き従い軍功
あらたかな名将 しかも信玄没後は 信玄でさえ落とせなかった城までも落として
いる

外交政策の失敗(上杉の跡継ぎ問題で 同盟国である北条の養子を立てていたの
を一変 武田・上杉同盟を確固たるものとしようとして影虎を立てた)事により 重要
同盟国であった北条を敵に回した事により 織田・徳川 北条から挟撃されて衰退の
一途を辿ったけど 上杉軍の援軍さえあればこれに対抗する事も出来た

駄目だったのは引継ぎ 武田宿老と勝頼重鎮のチームワークが採れていなかった
信玄と勝頼は武田家としては珍しく仲が良い親子だったのに 存命中に上手く家臣団
の引継ぎをしていなかったのは痛い これは信玄の汚点と言うべき

88 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:40:18.84 ID:RgsqsW33
勝頼は阿呆ではないよ
勝頼が跡を継いだ方が武田の領地は大きくなってるし、信玄が落とせなかった高天神城を落としてる
ただ焦り過ぎたのと長篠の敗北が壊滅的だった

89 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:41:17.77 ID:eh/iELIE
>>85
そうか〜。何にしても、京に近かった織田は有利だな。
でも、商人などを呼び込んででも、商業町を作るべきだと思うな

90 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:41:45.21 ID:oZKzyqxl
諏訪家ってのがダメでしょ。
暫定君主ってのは、分裂するの当然。

91 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:42:30.57 ID:D7d+AIhz
>>78
結局信玄の負の遺産を背負わされる中、
回りは敵だらけでこれと対決しながら、
家の組織を改革しないといけない、という…

信長の場合は家臣は結束してたから何とか「信長包囲網」にも対抗できたけど、
勝頼の場合肝心の家がバラバラだから、
敵と戦う前にまず身中の敵を何とかしないといけなかったわけで…

まあ気の毒な話だと思う

92 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:43:06.63 ID:z2FtWpoc
>>79
まぁ、勢力が大きくなったら派閥はどんな大名だってあって、当たり前なんだけどね。
ただし、腹心の部下に必要以上に力を与えたりしなかったのと(そこらへんがケチともいわれる所以だが)
元々三河の地方豪族で徐々に勢力を広げていったから、一気に大量の豪族に渡り合わないといけない上杉に比べると
苦労はすくなかっただろうね。
ただ、一向一揆には苦労したみたいだけど。

93 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:43:10.86 ID:wqcBWtMO
義信が跡を継いでたらどうなってたのかな?
勝頼なんかより有能だと聞くが。

94 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:44:17.67 ID:/6wSde9R
だから重臣連中はそこそこ勝頼の言うこと聞いてたのよ。
暫定君主にしては求心力はあった。
刃向かうのは穴山衆やら木曽衆やらの親族筋ね。

95 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:44:29.97 ID:eh/iELIE
>>88
でも焦らないと天下は取れないよ。信長大きくなる一方。
早めに手を打たないとならなかった。
そして、なんとかながしのでの得意の野戦までに持ち込んだ。

家臣の裏切りさえ無ければね。


96 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:45:06.02 ID:D7d+AIhz
やっぱりね信玄存命中に、
家臣団の中央集権化を完成させておくべきだったんだろうね

武田の家臣団って確か信玄に「従いますよー」って誓紙を出す形で、
家臣団の結束を形にしてたけど、
もっと「武田家絶対」という組織を築いておくべきだったんじゃないのかな、と思う

97 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:45:46.93 ID:eh/iELIE
信玄が京を取ってから死ぬべきだったのでは??と急に思った。


98 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:46:04.89 ID:F1bSjICC
>>93
勝頼を武将として使えるのがでかいよな。
信濃に置いとけば対上杉は万全だろ。

99 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:46:27.39 ID:/6wSde9R
山国で守護大名出身で、中央集権化なんて無理だろ。常識的に考えて。

100 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:46:31.76 ID:R1beOZOM
      録画開始

  ∧_∧_         __
 ( ・∀|[ニ:|ol         | i \ \
 ( つ ∩ ̄         | i  l =l
 と_)_)          | |__ノ  ノ
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101 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:46:57.64 ID:eh/iELIE
>>93
信繁を殺した点が気に入らないな

102 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:47:18.44 ID:z2FtWpoc
勝頼は、なんか失敗だけあげられて無能イメージがあるけど

信玄に比べると相手が悪いからね。浅井・朝倉がやられて包囲網が敗れて
長篠は信長の主力が来てるから、三方が原のようにいかないのは当然だし


103 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:47:35.35 ID:D7d+AIhz
>>92
三河一向一揆という家臣団の大反発を経て、
結果的に徳川家臣団って一枚岩になってるからねえ

けれど家康の場合幕府を観てもわかるけど、
全国諸大名はもちろん自分の家臣団すら信用してなかったっぽいよね

かなりの小心者ゆえにあれほどの体制を築いたのかな、と思う

104 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:48:51.10 ID:/6wSde9R
武田の最大版図は勝頼時

105 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:48:59.52 ID:F1bSjICC
>>103
武田の失敗を教訓としたんじゃね?
家康は信玄のことを尊敬していたから。

106 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:49:35.44 ID:wqcBWtMO
>>101
信繁を殺したの?
それは初耳だな。

107 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:49:44.20 ID:D7d+AIhz
>>102
最後のほうは北条・上杉・織田・徳川と周辺諸国皆敵でしょ。
しかも家臣団も結束してないとあってはどうしようもないよね。

108 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:49:55.77 ID:/YYfsTCa
>>102
つうか信玄って当時の普通の戦国大名だよな。
もしろ、勝頼の方が絶対君主を目指していたんだから
時代を読んでいたんだよね。ただ、隣に強いのが居たのが
不幸だった

109 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:51:12.74 ID:D7d+AIhz
>>105
絶対そうだと思う
あとは豊臣政権の末期を見てのこともあると思う
徳川政権下での自分のような存在を絶対出してはならない、と考えてただろうね

110 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:51:25.36 ID:eh/iELIE
>>106
殺したって言うか、義信は川中島で勝手に動き、上杉に囲まれた
それを救出するために信繁が動き、うたれた

111 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:52:06.50 ID:D7d+AIhz
>>99
やっぱそういう考え方(中央集権化)にはいたらないものなのかねえ
けど信虎はそれをやろうとしてた方でしょ?

112 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:52:54.03 ID:z2FtWpoc
>>107
上杉は敵じゃないよ。北条とは、上杉に送られていた影虎(信玄の養子の一人で、北条氏康の7男だか6男)
を助けなかった為、一気に関係が悪くなった。
でも、あれは勝頼じゃどうしようもないし、どっちかっていうと北条が空気呼んだだけかもしれないけど。

113 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:53:44.76 ID:D7d+AIhz
あと勝頼の不幸は上にもあるけど、
「一度は諏訪家に養子に出された嫡男ならざる身」であったことだろうね

「なんでお前みたいな余所者にしたがわなあかんねん」
っていうような空気はあったんじゃないのかな

114 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:54:22.80 ID:F1bSjICC
>>111
信虎が追放されていなければねぇ。
つか、信虎って本当に残忍だったのかな?
追放した勢力が正当化するため、後から捏造したとか。

115 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:54:46.32 ID:/6wSde9R
>>111
中央集権化の手段として、信長は家臣を城下に住まわせたでしょ?
あれ一番効果的な方法なんだけど、地形的な問題やら守護からの流れやらで
武田には無理なんじゃないかな?
東海道&新興勢力ってのはやっぱでかいんじゃないかな。

116 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:54:46.55 ID:D7d+AIhz
>>112
ああそうだ
上杉の跡目問題に介入して北条と険悪な関係になったんだった

けどあれもおっしゃるように運だよね

117 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:55:43.43 ID:wqcBWtMO
>>110
なるほど、そうだったのか。


118 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:57:44.34 ID:z2FtWpoc
>>114
それは、大いに疑いの余地あるね。大体歴史なんてもんは、前任者をボロクソに書くのが基本だし。
中国なんて、人食ったとか、釜に茹でたとか平気で出てくる。

119 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:58:18.37 ID:D7d+AIhz
>>114
「あんな戦ばっかしよる、しかもワシらにムチャばっかいいよる信虎なんかいらんで」
「それじゃあ息子の晴信様を立てりゃええじゃねえか」
「そうじゃのう、それがええわ」
ってな感じで、
中央集権化を進めようとする信虎に反発して家臣らが信玄を立てた、
ってのが実相なんじゃないのかなあ

家臣達にとって都合の悪い信虎は自然悪印象を持って伝承されるだろうし、
逆に都合のいい信玄は好意的に伝承される、と

120 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:58:25.57 ID:JgvLb9h8
上杉謙信女性説
・一生涯妻を娶らなかった
・謙信の死因は婦人病の大虫だとする説がある
・毎月10日前後に腹痛(生理痛?)をおこし合戦を取りやめている
・謙信の武勇を称えた当時の唄に男ではないかのような表現がある
・スペイン国王宛ての日本についての文献に謙信は叔母と書かれている
・謙信の肖像画は江戸時代に描かれた物でそれまでは何故か肖像画がなかった
・江戸時代、上杉家を守るため謙信を男性化する必要があった
・156cm(当時の男性の平均身長より低い)なのに大柄だと言われる
・遺品の着物が女性物
・手紙などの筆跡や表現が女性的
・宿敵である信玄に塩を送る等ツンデレの傾向がある

121 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 00:59:58.48 ID:RgsqsW33
御館の乱で北条についた方がよかったとか言ってる馬鹿がいるが
影虎は北条氏康の子供で越後まで北条の手に渡れば武田の領地は北条に囲まれてるじゃねーか

122 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:00:39.04 ID:D7d+AIhz
>>115
「なんでおらが土地から離れにゃいかんのじゃ! 
ムチャ言うならお前には従わへんで!」
っていうような保守的な空気もありそうだよね

てかこの当時の地侍の基本思想ってこんな感じでしょ?

むしろ織田とかの方式があまりにも斬新だったわけで…

123 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:00:49.43 ID:2XDOtLTA
>>112
ありゃどっちに転んでも美味しい事無いから可哀想な話だよな
北条の養子を立てたら 後に北条本家と上杉家の挟撃に遭うの
は必定だろうし だからこそ消去法で景勝を立てて上杉との同盟
関係を維持しなきゃならなかったんだろうし

124 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:01:21.71 ID:s1JQS37A
大河の関係で今は武田が熱いようだね

125 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:01:34.53 ID:eh/iELIE
無理やり中央集権化すると、さすがに信頼されている信玄でさえ
家臣の反発をくらい家は滅びていくだろう。
やはり、京に旗を立てないで死んだのが滅亡の大きな原因じゃないのか。

死ぬのが早すぎた

126 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:01:42.65 ID:2XDOtLTA
>>118
劉備が劉封の実父の妻を食ったって話は省略されなかったな
中国としては珍しい

127 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:01:44.21 ID:z2FtWpoc
>>120
ツンデレwwwwwwwwwww

ちなみに、敵に塩ってのは、実際に塩送ったんじゃなくて、商取引を妨げなかっただけとかいう説もある。

あと、今川とは反目しても、北条とは和解時期が多かったから
塩くれると思うけどなあ。

128 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:01:47.53 ID:rXy4dTmD
>>108
義元にビビリまくってた

129 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:02:47.67 ID:D7d+AIhz
>>121
どっちに転んでも地獄という悲劇の選択を勝頼は迫られていたのですよ

130 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:04:10.78 ID:D7d+AIhz
>>125
だから信玄はその無茶をしないまま死んでしまい、
そのつけを勝頼が支払う羽目になったんだけども、
全てが裏目に出るという結果に…

ホント、気の毒な人だと思うよ

そういう観点から勝頼描いたようなドラマってないねえ

131 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:04:34.80 ID:/YYfsTCa
>>125
信玄のやり方では信長を滅ぼして上洛なん100年以上かかるよ。つうか、上洛なんて概念が有ったかすら怪しいが

132 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:05:42.96 ID:RgsqsW33
織田が強大過ぎたってのはあるね
信玄も敗北に近い戦い(砥石崩れ)で板垣、甘利の両腕を失ったが敵勢力もさほど強大ではなかったから挽回できた
長篠はもう無理

133 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:05:45.63 ID:s1JQS37A
信玄は信濃平定で一気に名を上げた
あそこは誰も平定できないと思われていたから

134 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:05:53.44 ID:D7d+AIhz
>>131
あの信玄「上洛戦」って結局何がやりたかったんだろ
どう考えても上洛するまでの負担がでかすぎると思うんだが

135 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:06:40.41 ID:wqcBWtMO
>>131
確か単に海に面した国が欲しくて、遠江を攻めたっていうのが有力な説だよね。

136 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:06:57.91 ID:D7d+AIhz
>>132
長篠ではほとんどの有力家臣を失っちゃったからなあ
それが痛すぎる

137 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:08:30.45 ID:2XDOtLTA
>>134
死期を悟ってたろうし
さしもの信玄も焦ったのでは

138 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:08:58.47 ID:wqcBWtMO
>>134
上洛はからっきしする気はなかったんだよ。
家康の領土を軽く取る程度で良いと考えてた。

139 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:09:33.09 ID:D7d+AIhz
けどなんでこんなに「信玄と武田軍団伝説」みたいな神話が流れてるんだろ?
戦国期の普通の有力地方大名の一人と思うんだけどな

140 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:10:04.44 ID:eh/iELIE
もしも上洛して死んだらということを考えてみよう
どうなっていたのだろうか??


141 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:10:35.96 ID:s1JQS37A
上洛自体は楽勝でしょ
信長は出て来れないし他に敵は居ないし
あそこで織田を叩くかどうかは別にして

142 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:10:36.09 ID:z2FtWpoc
勝頼も1582年まで何とか持ってたわけだからね。

毛利や上杉がその後勝ち組(上杉は微妙か)に回ったことを考えると
あともう少し持ってたら違う展望があったかもしれん。

143 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:10:42.48 ID:rXy4dTmD
ですよね
島津義弘・家久
立花宗茂

のほうが数段格上な気がする

144 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:10:57.29 ID:eh/iELIE
>>139
ほぼ負けなかったからでは??
軍団の強さは、日本随一なのは確実だと思う

145 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:10:57.74 ID:D7d+AIhz
>>137
あのころから信玄ってもう身体悪かったんだっけ?

>>138
じゃあ三方が原で勝って、
いくつか城を落として領土を手に入れたらそれで十分って感じだったのかな

146 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:11:43.38 ID:z2FtWpoc
>>143
島津は人間じゃないから除外。

147 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:11:51.74 ID:F1bSjICC
>>139
光栄のゲームの影響がでかいと思うけど、
元をただすと徳川時代なのかな。

148 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:11:57.38 ID:2XDOtLTA
>>145
何の病気かは知らんけど 持病があったって聞いた事がある

149 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:12:36.42 ID:eh/iELIE
上洛できた時点で、織田・徳川は壊滅状態になってるだろうな。
問題は義秋じゃないか?

150 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:13:18.24 ID:s1JQS37A
普通に考えたら楔を打ちに行ったんだろうね
まずは拠点作り

151 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:14:09.47 ID:wqcBWtMO
>>145
じゃないかな。
最終的には家康を滅ぼすつもりでいたんだろうが。


152 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:14:20.06 ID:D7d+AIhz
>>141
いやあ京まで迫られたらさすがに信長も抵抗するでしょ
自然いくつか合戦も起こると思うし、
それを思うと京まで一気に「大遠征」するのはいささか性急過ぎる気が…

>>144
確かに内部はバラバラと言っても強かったからね
家康が尊敬したほどに

153 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:14:33.41 ID:z2FtWpoc
>>149
上洛するまでが結構大変だけどね。あまり時間食ってると上杉や北条がどういう反応するかもわからない。
朝倉は頼りにならないし。

154 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:14:51.42 ID:RgsqsW33
信玄前半期はつまり『晴信』の頃が一番痛快だったな〜
諏訪、小笠原、村上と戦いそして宿敵上杉との決戦まで
後半は長男の死と虎昌の死や駿河で徳川と北条に挟まれて一時窮地になるわで暗いなあ

155 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:16:06.26 ID:eh/iELIE
>>145>>148
肺炎・肺結核

156 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:16:22.64 ID:rXy4dTmD
>>144
その割には領土が小さいね(・∀・)

157 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:16:23.75 ID:D7d+AIhz
>>147
「神君家康公を敗走せしめた信玄公は偉大なるお方でありました」
てな感じなのかな?

>>148
結局何の病気で死んだのかもはっきりしてないんだよね、確か

>>150-151
じゃあ前哨戦ってところだったのかな…

158 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:17:15.01 ID:eh/iELIE
>>152
いや、信長くらいは家康のようにあしらえたと思うよ。
あの時点で力を持ってないし。

問題は上洛した後だ

159 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:18:59.95 ID:eh/iELIE
>>156
全ては勝つ戦だったからね。
緻密に練り上げた計略の上を渡っていた。


160 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:19:00.19 ID:wqcBWtMO
>>144
信玄は負ける戦をしなかっただけ。
勝てそうな戦には積極的に戦って弱いものにだけ当たってたからだろ。
番組でもやってたけど。


161 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:19:25.24 ID:D7d+AIhz
>>158
いやそりゃ信長に勝つことは勝つだろうけど、
そこに至るまでのダメージも大きくないかなあ、と思って

それに上にもあるけど背後の上杉とかがどう出て来るかもわからんわけだし


162 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:20:10.25 ID:RgsqsW33
>>156
領地の広さで比べないでほしいな
信濃は盆地が割拠して日本で一番攻めずらい国だ

163 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:20:33.34 ID:2XDOtLTA
>>149
義昭を立てれば 武を勝頼 政治を義昭が採り
仕切ってそれなりの政権確立が出来ると思う

164 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:20:38.85 ID:rXy4dTmD
>>160
兵力が劣る相手にもいっぱい負けてたけどな信玄w

165 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:21:26.20 ID:F1bSjICC
>>156
周りが・・・

166 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:21:31.76 ID:eh/iELIE
>>163
なるほどね。上洛さえすればなんとかやりくりできたのかな

167 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:21:50.86 ID:rXy4dTmD
>>162
じゃあ守りやすいからもっと領土広げやすいはずじゃん
兵も強いなら(・∀・)

168 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:23:34.21 ID:s1JQS37A
>>160
戦の基本だろ

169 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:23:47.97 ID:2XDOtLTA
>>167
守り易くないじゃん 周辺が全て強豪だぞ
上杉 長野 北条 徳川 織田

170 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:23:48.21 ID:DlyrSj09
上洛後、どういう政体を目指すか確たるビジョンは無かったろうという点では、>>158に同意だけど、
織田家の三方原時点での動員兵力、松平の倍以上でしょ。

後の歴史同様、関ヶ原あたり大会戦になったと思う。勝敗は分からんけど w

171 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:23:54.04 ID:eh/iELIE
>>167
平定した時は年齢が年齢だし、周りが強大になってた

172 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:24:18.27 ID:z2FtWpoc
>>158
いや、あの当時でも純粋な力関係は織田の方が上だよ。動員兵力も。
なんたって織田は、美濃尾張伊勢近江に加えて京都ら辺もある程度おさえてたからね。
姉川の時にも徳川込みだけど3万近く動員してる。

ただ、信長の最大の弱点は本能寺敵にしてるところで、敵が多い分信長に不利ではあったけど
信玄もかなり無理してたし、信長は絶対謙信を動かすだろうから、どっちにしろすぐに上洛ってのは無理だったかと


173 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:25:53.55 ID:rXy4dTmD
>>169
徳川なんかそんとき強豪じゃねー
北条とは戦なんてしようとしてなかったし向こうもしかり
長野なんて倒したじゃん

174 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:26:47.69 ID:RgsqsW33
>>167
領土だけでみるなら確かに信長は凄いが
あれは一つの勢力でまとまってる美濃を棚から牡丹餅で
手に入れてその兵力で京都周辺の弱小勢力を平らげただけ

175 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:27:56.55 ID:eh/iELIE
>>172
そうか・・・でも、浅井・朝倉を動かせば、なんとかなりそうな気がするが・・
上杉が動くのを防ぐために、信玄は越後内で内乱起こさせてたんじゃないか?
それに、北条もいることだし

176 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:28:09.09 ID:rXy4dTmD
>>174
俺別に信長の話なんかしてないんだが

177 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:28:40.39 ID:z2FtWpoc
信玄の場合、問題は謙信と何故あそこまで争う必要があったかってことかな

謙信は関東志向が強い時期で、川中島以上に関東に何回も進出してるし
信玄は関東にはそんなに興味がない。

一気に倒せるならともかく、あそこで何回も消耗戦やる必要はどっちにも感じられんが・・・

178 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:29:11.10 ID:3UNtfkl/
騎馬軍団>鉄砲
だと思っていた

179 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:30:56.34 ID:eh/iELIE
>>178
信玄は鉄砲に負けたわけじゃないよ。教科書にはそういう風に書いてあるがね。

180 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:30:58.39 ID:9eOBVYgU
>>177
村上とかが謙信をせっついたからだろ

181 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:31:36.27 ID:RgsqsW33
>>176
領地が狭い=たいした大名じゃない
というお前の考えの逆説だよ

182 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:31:49.32 ID:eh/iELIE
>>177
村上やら北条やら今川やらに二人は動かされてたな

183 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:32:06.77 ID:2XDOtLTA
>>173
三州同盟は絶対の信頼がおける同盟じゃないだろ
特に今川亡き後はな 徳川は織田の従属国として
十分に厄介な存在だろう

184 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:32:49.93 ID:wqcBWtMO
>>177
信玄と謙信は戦う気はまったくなかったよ。
ただ信玄に負けた村上やらが謙信に北信濃を取ってくれと要請されて出陣せざる得なかった。
信玄は北条の要請で動かざる得なかった。


185 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:32:56.25 ID:z2FtWpoc
>>180
その時点ではわかるんだけど、その後も何回もやってんのよ。
両方ともさしたる戦果はないのに、100日ぐらい持久戦とかも。

まぁ、信玄的には上杉と北条どっちかが勝ちすぎなければいいだけのことだったのかもしれないけどね。

186 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:32:56.49 ID:3UNtfkl/
>>179
教科書を鵜呑みにするな

187 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:33:24.61 ID:rXy4dTmD
>>183
うんこちびらしたじゃん

188 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:33:27.18 ID:eh/iELIE
>>186
してないわけで、言ってるのだが・・・

189 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:33:28.26 ID:2XDOtLTA
>>173
加えて言えば 長野攻略の難しさちゃんと知って言ってるか?

190 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:34:49.89 ID:eh/iELIE
プリズンブレイクはじまた。

でもこのスレでの議論は楽しいな

191 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:35:20.32 ID:rXy4dTmD
>>189
あぁ知ってるよ結局信玄はたいしたことないって言いたいんだよ

192 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:35:21.39 ID:I8gfl4RU
藻前等年代がかみあってないんじゃないか

193 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:37:00.70 ID:z2FtWpoc
>>179
ついでにいえば、信玄は当時の大名としては結構熱心に鉄砲を手に入れてたそうだ。
まぁ、鉄砲も騎馬も主力じゃないからな。

ただ種子島じゃなくて、中国製の鉄砲もあったらしいから、どの程度有効だったかは、わからないけど。

194 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:37:46.98 ID:wqcBWtMO
謙信の北条攻めに疑問がある。
一度小田原を攻めた時謙信の兵力は10万だったらしいんだが。
本当に10万も動員できたのかな?


195 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:39:10.84 ID:9eOBVYgU
結局地の利が大事なんだよな

東国に生まれた時点でジ・エンド

196 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:39:28.30 ID:3UNtfkl/
>>193
Wikiにそう書いてあったかw

197 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:39:39.51 ID:2XDOtLTA
>>191
堅城箕輪城に居を構える知将長野業正に抗した武田家を無能呼ばわりするとはな

198 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:39:43.02 ID:z2FtWpoc
>>194
当時の合戦の兵員数は眉唾物が多いから、基本的に目安でしかない

特に、ちょっと話が出てきた島津は、とんでもない大差がついた敵を相手にしているようにおもえるが
力的に不自然な数が出てきたりと・・・。
まぁ昔だから、三国志の赤壁とかもいい加減だし(ていうか戦い自体あったかも微妙)そんなもん。

199 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:40:45.20 ID:rXy4dTmD
>>197
無能だろ

200 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:40:52.03 ID:DlyrSj09
十万はともかく、鎌倉で管領襲名の儀式をあげて帰ったくらいだから、関東諸侯がぞろぞろなびいたんでしょ。
で、越後に帰るとすぐに北条の切り崩しが始まって一からやり直し、謙信ってほんと馬鹿みたいな一生。

201 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:41:56.77 ID:2XDOtLTA
>>194
史書の軍勢は眉唾が多いから 実際は2分の1から10分の1くらいと考えた方が良いかと

202 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:41:58.15 ID:9eOBVYgU
謙信は荒らし耐性のないねらーみたいなもん
すぐ釣られる

203 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:43:31.71 ID:eh/iELIE
>>202
でも聖戦のみに生きたなんてかっこいいじゃん

204 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:43:56.61 ID:RgsqsW33
上杉は戦は強いが家臣の掌握があまりにも下手くそだった
いったい何人が裏切りその都度許されてんだよ

205 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:44:01.62 ID:2XDOtLTA
>>199
支離滅裂
ちゃんと自分の文章読んでからレスしてるか?

>長野なんて倒したじゃん

何故長野を倒した武田が無能なのか教えてくれ
それと倒された長野も無能だったって事だよな?

206 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:45:06.77 ID:rXy4dTmD
>>203
一生ホモ男が?
便所のなかで死んだやつが?

207 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:46:17.52 ID:wqcBWtMO
>>198
かなりいい加減だったってことか。
関係ないかもしれんが戦術で兵を必要以上に多く見せるってのがあったな。


208 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:46:24.83 ID:p7KdZEUe
>>205
厨房相手に熱くなるなよ

209 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:47:21.36 ID:rXy4dTmD
>>205
敵作りすぎ
俺ルールで周辺諸国困らせすぎ
後継者ちゃんとしとけ
ちょっとは統治しろカス

まぁあげたらきりがないわな

210 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:48:25.39 ID:s1JQS37A
毘沙門天の生まれ変わりと公言していた謙信は
戦に関しては絶対的自信を持っていたらしいな
負けるわけがないと
実際単騎で突撃とかしてたらしいな
まさに軍神

211 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:48:27.36 ID:wqcBWtMO
>>201
せいぜい2〜3万ぐらいでいいか。


212 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:49:07.34 ID:9eOBVYgU
小田原攻めの動員兵数
謙信:11万3000
信玄:4万
秀吉:22万

213 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:49:47.69 ID:rXy4dTmD
>>210
創作信じすぎだな
創価の勧誘にすぐ入りそうだなお前
たしか謙信さんは一人で何千人の首をとったんでしたっけ?
三国志の世界ですか?

214 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:50:42.73 ID:/YYfsTCa
>>207
そもそも性格に把握する手段も無かった訳だしね。
兵力の動因と言っても村長が若い衆を引き連れて駆けつける
訳だからそれが総勢で何人になるか何て判らないわな

215 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:51:17.46 ID:s1JQS37A
>>213
単騎がけ単騎がけ
実際やってたらしいぞ

216 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:52:21.27 ID:F1bSjICC
>>206
死に場所は選べないだろー!と横レス

217 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:52:52.94 ID:z2FtWpoc
謙信は生い立ちから既にハンデが・・・

親父が下克上なのに、主家は主家で残って、同じ一族でもシコリがあって
兄貴が弟を養子にしてようやくという、かなりエライ状態で大名になってるからねぇ。

218 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:53:04.89 ID:s1JQS37A
信玄と謙信の一騎討ちも無かったと言われているけど
あの謙信ならやりかねない

219 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:53:43.45 ID:F1bSjICC
>>206
トイレで死ぬ奴は現代でも多いらしいぞ。
ウンコ出すために、気張って血管が切れてアボン。

220 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:53:52.90 ID:rXy4dTmD
>>218
あなたは謙信のお会いになったとですか?!

221 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:54:20.71 ID:eh/iELIE
いつのまに謙信スレ!

222 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:56:06.82 ID:s1JQS37A
だから謙信は勝頼とは馬が合った
勝頼もかなり無茶な男だからな

223 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:58:32.43 ID:F1bSjICC
>>222
肖像画では青白い不健康そうな顔してるのにな

224 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 01:58:40.04 ID:2XDOtLTA
>>205
敵が多いのは同意だが戦国時代ではしゃーないだろ 信玄だって考え無しに
戦してた訳じゃない 武田家も出来るだけ敵を絞る計画を立てた 三州同盟が
それな訳だが 家臣の取り纏めはともかく治世は敷いてただろ 後継者問題に
ついては同意せざるを得ないが 勝頼を戦場での大将となる器に育て上げて
いた点だけは評価出来ると思う

>>222
謙信がもうちょっと長生きならな・・・

225 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:00:03.15 ID:RgsqsW33
勝頼は家臣のままだったら本当に優秀だったんだが
大名となるとな…

226 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:04:00.85 ID:eh/iELIE
>>225
けれども、大名としてもすごいとおもうぞ。
あの強大な勢力に囲まれ、ましてや内部にもいざこざがあるのに10年も家を保った
そして、信玄がしなくてはならなかった独裁制をした。

大名となって粗い部分が目立ったが、大名としても優秀だと思うぞ

227 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:10:09.48 ID:7TMAIOp2
>>172
本能寺×本願寺○

228 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:13:36.83 ID:eh/iELIE
信長は本願寺勢力を皆殺しにはせず、三回も見逃してるんだよな
それなのに逆らう本願寺勢力はどうしようもないな
最後の石山戦争のときも、許してる

宗教に厳しいように思われる信長も、実はそうではなかったという面も伺われるよな

229 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:14:53.33 ID:rXy4dTmD
信長は僧兵を根絶しようとしてただけだからな

230 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:16:15.51 ID:DlyrSj09
中世引きずったまま戦国大名化した家で、最後まで残ったのは島津ぐらい。
ここだって天文年間までごたごたしてたら、どうなったか分からんし。

↑の方でも言われてるけど、勝頼の代で今更独裁なんてもう手遅れだったんでしょ。
それも長篠で集団自殺やってくれたから可能になったんだし。

231 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:18:38.43 ID:RgsqsW33
>>228
信長もさすがに十数年も戦い続けるのに疲れたんじゃね?
倒しても倒しても起き上がる一向宗
宗教はこわいわ

232 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:19:07.95 ID:tr1+AsOg
本願寺への対策でもっとも効果的な策を講じたのは家康じゃないかな

顕如亡き後の後継者争いに付け入って東西に分裂させ、
互いに対立させて弱体化させちゃった

233 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:19:35.75 ID:F1bSjICC
>>228
いつの時代もやっかいな宗教ってあるんだな

234 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:19:58.23 ID:z2FtWpoc
>>227
なんちゅうミスwwwwww
明智みたからかな

235 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:20:07.66 ID:4grAwqHq
>>156 信玄晩年の領土は甲斐・信濃・駿河のほぼ全土、遠江の大半、上野の半分
三河・美濃・飛騨・武蔵の一分と非常に広範囲に渡っていたわけで
領土の広さで言えば織田、毛利、大友に次ぐレベルですが

236 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:20:43.89 ID:rRc+dRjY
上杉謙信には根強い女性説があり、数々の証拠や仮説が挙げられている。

237 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:20:59.61 ID:P88t8TSy
またなんかキタ

238 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:21:08.64 ID:eh/iELIE
>>230
勝頼には、自分の地盤を固める猶予が無かったんだよな。
全てが信玄から受け継いだものだった
それに譜代の家臣には家を守ることを説教された。

そして、独裁。家臣の心も離れてしまうわけだよな

239 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:21:22.02 ID:tr1+AsOg
>>235
れっきとした大大名だよね
もっとも石高は低かったみたいなんだけど

けど信玄って本当に天下を取る意思ってあったのかね?

240 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:22:13.52 ID:F1bSjICC
>>235
面積の広さよりか、国力の強さ(商業,石高)の方が重要だろ。

241 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:23:34.84 ID:eh/iELIE
>>239
どうだろうね?諸所の小説やらには信玄は狙ってると書かれているが・・・
史書にはこれといった証拠が無い。

でも、あの時代を生き残るためにやはり狙ってたと思うな。てか思いたい。
天下は男のロマンだぜ!!

242 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:23:37.31 ID:bMr/XKtP
歴史を知った上で戦国時代の勝頼をやらされても生き残る自信全然湧かないもんな
屈強なガチムチチビ家臣はうざいわ、周りは強敵だわ、国力も大した事ないわでどうしよう
ない。引きこもってたら織田にやられるのは目に見えてる。俺なら坊主になって
信長に降伏しにいくな。

243 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:25:02.52 ID:fx2pFwUR
何で武田だけ牧原なんだよw

244 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:25:19.77 ID:eh/iELIE
>>242
だな。哀れすぎる。やはりどうみても滅亡の原因は信玄。

245 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:25:51.57 ID:RgsqsW33
>>239
石高低いと言っても100万石は越えてたぞ

246 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:26:54.12 ID:F1bSjICC
>>242
>屈強なガチムチチビ家臣はうざいわ
昌景のことかーー!?

247 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:27:23.32 ID:9eOBVYgU
御館の乱で当初の通り景虎に味方していたら織田が攻めて来たとき
北条の援軍が期待出来たはず

248 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:27:25.78 ID:tr1+AsOg
>>238
結局信玄が武田家当主の座についたのが前当主信虎に対するクーデターで、
しかもこれの実情は信虎の独裁体制に反発する家臣団に、
信虎に代わって信玄が持ち上げられたようす。
よって信玄は家来であると同時に有力な後援団体である家臣団に対して、
あまり強権を発動できないというハンデを背負った上での政権運営をせざるを得なかった。



249 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:27:35.81 ID:tr1+AsOg
信玄時代に家臣団がまとまってたのも、
家臣団たちの土地が守られ、一定の独立性が保たれていた為で、
「偉大なる信玄のカリスマ性」によって統治されていたわけじゃない。

要は武田当主の政権基盤が弱い中で、
勝頼は信玄の後継者として政権運営をせざるを得なかったわけで、
かなり不利な状況からのスタートだった。

250 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:28:14.73 ID:3o8BUfPU
氏政と景虎が示し合わせて武田領に雪崩れ込んだら挟み撃ち

251 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:28:53.38 ID:eh/iELIE
問題は国力。
織田のように、経済を流通させ無限に増えるというわけではなく。
金山などから努力をして蓄える形だったんだよな。
これじゃどうみても国力では織田には勝てない。

まずそこから変えなければならなかったな

252 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:29:05.00 ID:tr1+AsOg
>>241
自分の領土を守るのが精一杯だったような気がしないでもない
「もしかなうならば」って野心は当然あっただろうけど

>>245
領土の広さの割に石高が低いって意味ね

253 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:30:12.37 ID:v0cbOBZP
そもそも甲斐を領土にしてる時点でかなり不利だからな

254 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:31:16.59 ID:tr1+AsOg
>>251
山岳地方の政権であって、
交流を開けにくいという大幅なハンデがあったのは痛かった

海に面していれば状況はまた違ってたんだろうけど

255 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:31:56.56 ID:bMr/XKtP
>>246
そうそうw

やっぱり織田が美濃取ったのはでかい
尾張と美濃だけで100万石近かったんだったかな?武田も美濃攻めるという手はなかったのか。


256 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:32:09.91 ID:eh/iELIE
>>254
今川を滅ぼし、一応は海は獲得したんだがなぁ

257 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:32:53.95 ID:F1bSjICC
>>251
いくら信濃を手に入れたとしても、国力の面で不利過ぎだよな。
あと十何年か速く今川の領土を奪っていれば歴史は変わっていたんだろうが・・・。

258 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:33:11.60 ID:4grAwqHq
>>240 まさか黒川に代表される武田の金山をご存知ない?
石高も三百万石近くあり領土の取り合いしてる他のやつらに比べればずっと収入がありますよ

259 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:33:34.33 ID:tr1+AsOg
>>256
そのころは既に信玄の晩年期だからね
もう少し早かったらまた状況も違ってたんだろうに

260 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:33:35.34 ID:eh/iELIE
>>255
そう!美濃を攻める考えはなかったのか??

遠江・三河ばかり狙っててね

261 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:34:06.68 ID:dr0NKh4x
俺の家の家紋は武田菱だよ。
本家は山梨にあるし。

262 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:34:26.62 ID:tr1+AsOg
>>258
いくらなんでも武田は300万石もないだろw

263 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:35:31.32 ID:viCwWdUz
信玄餅うめえwwwwwwwwwwwwwww

264 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:35:36.54 ID:eh/iELIE
秀吉が稲葉山城を落とした時点で、もう決まってたのかもな。
織田の天下は

265 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:36:29.54 ID:24LxnVAf
新春おみくじ画像
http://tool-4.net/?Q5LV6ZR0

266 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:37:00.09 ID:2mcBYajt
信虎のような人生を送りたい

267 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:37:10.02 ID:7TMAIOp2
全ては運、信長が生きていれば、徳川が、甲・信・駿・三・遠を支配する事を許す筈もなく、潰すか、ただの一家臣にしただろうし、

豊臣も許したくは無かったがごたごたしてるまに、徳川は支配しちゃった、武田が本能寺まで持ってたら、徳川幕府は無かっただろう、と思う。

268 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:38:19.89 ID:4grAwqHq
>262 スマン200の間違い
携帯なんで勘弁してくれ

269 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:38:33.52 ID:rXy4dTmD
>>258
300万石って関八州支配した領土ですぞ
三河・駿河・甲斐など支配した家康で250万石

270 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:39:21.08 ID:tr1+AsOg
>>268
え、武田って200万石もあったの?
120万石くらいかと思ってたよ

271 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:41:52.94 ID:tr1+AsOg
>>267
家康は何がついてるって、
信濃侵攻に際して実務経験豊富な武田の家臣団を大勢雇う事が出来て、
武田流のノウハウをたくさん吸収できた事だよね

秀吉は「武田信玄を家臣にしました!」のような派手さがあるけれども、
家康の場合、この武田のように実務経験のある家臣団を雇うという、
地味な形ではあるのだけれども、しかし確実に力をつけるのが上手かった

272 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:48:48.90 ID:eh/iELIE
>>271
そうだね。でも家康は嫌いだ。
三成の義をつくした感じが好きだ。悪者家康は苦手

273 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:49:27.67 ID:z2FtWpoc
たしか太閤検地の時の全国合計が1800万石 

信濃甲斐駿河の3国だけで、だけでその9分の1とはちょっと考えにくいかな。

274 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:49:59.07 ID:tr1+AsOg
>>272
普通は嫌うと思うよ
けど俺はそんな悪役家康が大好きなんだけどなw

275 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:50:11.03 ID:4grAwqHq
>270 因みに200の内訳は甲斐が20、信濃45、駿河35
遠江40の内30弱
上野45の半分
三河、美濃、武蔵、飛騨の一分併せて30程度

276 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:52:26.74 ID:tr1+AsOg
>>275
そんなにあるのか…
なんか意外だな

277 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:56:15.94 ID:RgsqsW33
歴史に『もし』はいけないんだが
信玄がもっと生きてればと考えてしまう
あのまま徳川を粉砕して駿遠三を完全領土化できればあの信長と対等に渡り合えたんだが
あの頃は包囲網+斉藤の旧臣、松永党の裏切りもあったし

278 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:56:53.83 ID:DlyrSj09
このスレ的には、家康の功績はでかいよ。
武田家(信玄だけとも言えるけど)の過大評価を平成の御代まで定着させたんだし w

279 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:58:25.05 ID:eh/iELIE
>>277
浅井・朝倉連合軍と組めば、織田は余裕だと思う

280 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:58:28.63 ID:tr1+AsOg
信長との関係も大事だけど、
それ以上に散々スレでいわれている、
「武田家の中央集権化」を完成させるのが必須だったか、と

武田家の絶対体制を築いた上で諸国と渡り合えるようにしていたら、
勝頼時代もまた違ってたと思うよ

281 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 02:59:56.70 ID:z2FtWpoc
>>275
上野は結構あっただろうけど、遠江はそんなにないんじゃ?
三河美濃飛騨武蔵あたりは合計しても30万もいくかなぁ。

多く見積もっても150万ぐらいが妥当じゃないかな。

282 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:02:34.36 ID:eh/iELIE
>>280
どうやったら、中央集権化できるんだろうな。
あの領地を安堵されたい家臣達を配下にするのは難しいぞ。



283 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:04:02.57 ID:tr1+AsOg
>>278
家康は信玄信者だからなあ
けど皮肉な話、家康は師と崇める信玄よりもどでかいことしてるよね

特に幕府開府後、天皇までも法度で取り締まるなど、
あの当時としては画期的な支配システムを作り上げたってのは感心する
天皇を取り締まるなんてあれは信玄でもしなかったと思うよ

284 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:04:13.30 ID:tr1+AsOg
「徳川家の徳川家による徳川家のための政権」を作りあげて、
250年以上その体制を維持させ、明治維新後もなお政権中枢で活動するほどに、
徳川の家を存続させたその手法は見事だと思う

えげつない謀略の繰り返しの結果だけどね

285 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:06:34.52 ID:tr1+AsOg
>>282
武田の家臣団の考え方ってのは、
「自分の土地を守れりゃそれでええ」ってのが基本だから、
「何が何でも武田家に忠誠を尽くす」って考えじゃないんだよね

「自分の土地を守ってくれるから武田に仕える。
それが出来ないなら俺はよそに行くよ」
っていうようなある意味非常に利己的な集団

これをまとめ上げるには信虎ほどの強権を発動するしかなかったのかも知れないね

286 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:09:15.47 ID:z2FtWpoc
>>285
それは武田に限らず、わりと一般的な考え方じゃないかな。
なんせ、親族同士でも寝返ったりする時代だし

287 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:10:32.12 ID:tr1+AsOg
>>286
そうそう。
むしろ織田や徳川のような「ご当主様絶対体制」が当時としては異常なんだよね。

288 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:11:07.75 ID:F1bSjICC
>>285
やはり武田の命運を左右するのは信虎だよな。

289 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:11:11.56 ID:hbxCtN9L
武田家について詳しくなりたいんだけど、低学歴な俺におすすめの本ない?

290 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:12:39.60 ID:F1bSjICC
>>289
やっぱ新田次郎の「武田信玄」じゃね?
信玄びいきだけど、小説としてはかなり面白いぞ。

291 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:13:40.85 ID:tr1+AsOg
>>288
信虎の強硬姿勢がそのまま成功してたら武田の運命って絶対変わってるよ
けど結果は家臣団の反発を買って、
替わりに出てきたのは「対家臣団ハト派」の信玄

この時点で信虎が克服しようとしていた、
「結束が弱い」という致命的弱点の克服が困難になってしまった

292 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:14:37.50 ID:tr1+AsOg
笹本正治(だっけ?)の「武田信玄」とかいいかも
あの人からじゃなかったっけ、
「武田家臣団って結構バラバラですよー」
みたいなこと言い出したのって

293 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:16:38.22 ID:eh/iELIE
>>291
反発を集めた原因は、戦局の多方面化だよな。
うまく、同盟などを組んでやりくりできればな

294 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:16:51.33 ID:hbxCtN9L
>>290
サンクス。それ明日買ってくるわ〜。
さっき井上靖の風林火山読み終えたけど、あんま面白くなかった(´・ω・`)

295 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:17:57.58 ID:tr1+AsOg
>>293
戦局が多方面化して、結果家臣団への負担が大きくなって、
「あんなやつの言うこと聞けるか」と追い出しちゃった

296 :ウィスキーお湯割り:2007/01/04(木) 03:18:52.80 ID:bRDRjJMX
親方様を悪く言うなっ

297 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:22:50.06 ID:4grAwqHq
でも最終的に裏切ったのって小山田、穴山、木曽の一門三名だけなんだよな

298 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:24:22.54 ID:tr1+AsOg
仁科盛信のような例もあるからね

299 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:24:41.95 ID:eh/iELIE
信玄のせいというよりも信虎のせいなのかもな。
家臣団の不満をうまく解消させ、信玄も信繁もどうように愛し、
家臣としてうまく使えば、天下もいけたんじゃないの?

信虎も武将としてはなかなか優秀だし

300 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:24:55.73 ID:F1bSjICC
>>297
その三名が武田の中では致命的なんだよ

301 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:25:23.03 ID:eh/iELIE
>>297
小山田・穴山の裏切りは大きかったね。
信玄の中枢にいた武将だから

302 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:28:43.39 ID:tr1+AsOg
>>299
ただ信虎も「敗者」であって、
どこまで真相を伝えているのかわかんないんだよな

少なくとも信玄にとっては信虎は「悪人」でないと、
自分のクーデターを正当化出来ないからね

実際のところは家臣団統制に失敗し追放された強硬派の当主、
ってところなんじゃないのかな

303 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:28:51.55 ID:RgsqsW33
新田の武田信玄は良いね〜
気持ち悪い位信玄マンセーというわけでもないし
勧善懲悪的に宿敵上杉謙信を悪く書かず天才(謙信)と秀才(信玄)の対立を上手く描いたことに好感がもてる

304 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:29:46.96 ID:DlyrSj09
小山田は郡内、穴山は河内と、もともと甲斐を武田家(国中)と三分する独立領主。
木曽氏に至っては・・・
なにをもって一門といってるの? 清和源氏河内流とか?

305 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:33:05.56 ID:4grAwqHq
>301 いや初鹿野や真田なんかの外様、譜代家臣は付いてきて
一門に裏切られるってのは組織体系の問題じゃないってこと
少なくとも滅亡当時は織田式の家臣団に近い組織にはなってたんだろ

306 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:35:20.67 ID:RgsqsW33
>>304
そう、それだ
だから小山田信茂の裏切りに信長がキレて殺したが
小山田の裏切りには正当性がある
自分の領土の行く末は自分が決められるし既に領土を保つ力がない勝頼を見限るのは当然

307 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:36:10.17 ID:tr1+AsOg
>>305
ただその当時はもう武田政権の基盤がガタガタだったからね
政権基盤の整備が遅すぎたってことだよ

308 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:37:02.13 ID:JFoqFz5L
武田家のテーマはどんなときも

309 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:37:37.45 ID:F1bSjICC
>>305
真田がついてきたってのも、かなり怪しいんじゃなかったっけ?

310 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:44:07.38 ID:4grAwqHq
小山田、穴山は何代も前から縁戚結んで信虎が甲斐統一した頃から一門扱い
木曽の義昌は勝頼の義兄弟だろ
穴山も小山田も信玄時代から独立色が強かったのはもちろん認めるけどね

311 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:48:31.49 ID:rad90wq/
お前らに最強の言葉を送ろう。
で、ソースは?

312 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:49:25.18 ID:7TMAIOp2
>>303
新田の武田信玄はいいが、次の勝頼の代の話はあまり面白くない…、しかしいろいろ皆の書いてる事読んで、楽しかった、やはり幕末より戦国のが、俺は好き、

では皆さんm(__)m今宵はここまでにいたしとうございます、だったっけ(^^;)?

313 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:51:25.94 ID:F1bSjICC
>>312
おやすみ。やっぱ戦国時代はおもろいよな。
その時代に生まれていれば生きるのに必死だったんだろうがw

314 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 03:54:04.51 ID:eh/iELIE
俺もいろいろ喋ってきたが、まだ高三の受験生です。
史学科目指してる。史学科はいらない学科だ、行くだけ無駄と言われてるが
俺は歴史にロマンを感じてる。戦国時代は、すでに俺の一部となってる。

がんばります。今宵はありがとう

315 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 04:02:05.19 ID:bMr/XKtP
>>314
頑張りなよ
史学科が無駄なんて事はない
無駄にするか有意義にするかは君次第だと思うから、史学の中でも一番を目指しなよ

316 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 04:02:08.32 ID:buGIRdgD
俺甲府の人間だけど、このスレ読んで
みんなよく色々知ってるんだなーと感心しました
(´・ω・`)

みんな山梨に遊びに来てねノシ

317 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 04:06:49.43 ID:z2FtWpoc
高三の受験生がこの時期に、この時間まで2chにいちゃだめよw
受かったらいくらでもきなさいw

318 :名無しでいいとも!:2007/01/04(木) 04:08:30.60 ID:SoQaT9nt
山梨という県名の由来は、商人・高山基と忍者・浜梨風見から

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